おすぎむら昆の「あんなま」

直近で鑑賞した映画をひたすらレビューしていきます。

『市子 (2023)』【85/100点: 市子とは結局誰なのか】

恋人にプロポーズされたその翌日に失踪した川辺市子という女性を探す為、恋人の長谷川は警察に捜索をお願いするも、警察曰く「“市子”という名前自体が偽名で誰だか分からない」という衝撃的なことを言われてしまいます。恋人の長谷川が市子と再会する為、そもそも何故失踪したのか真相を探る為に、過去に関係があった“市子”の関係者と会っていく、というミステリー映画。

同世代の若手女優の中でも、どちらかというと朴訥とした印象のある杉咲花が、ワケあり過ぎる陰あり女性を熱演しており、二転三転するお話も非常に見応えがありました。

【ネタバレあり】

お話

川辺市子は3年間一緒に暮らしてきた恋人・長谷川義則からプロポーズを受けるが、その翌日にこつ然と姿を消してしまう。途方に暮れる長谷川の前に、市子を捜しているという刑事・後藤が現れ、彼女について信じがたい話を告げる。

市子の行方を追う長谷川は、昔の友人や幼なじみ、高校時代の同級生など彼女と関わりのあった人々から話を聞くうちに、かつて市子が違う名前を名乗っていたことを知る。やがて長谷川は部屋の中で1枚の写真を発見し、その裏に書かれていた住所を訪れるが……。(映画.comより)

すんげェ重い話です

終始重い空気感でどよ~んとしてて、夏の設定も相まってジメジメとした不快感も感じる雰囲気ですが、そのおかげで市子のミステリアスな存在感を高めていて良かったです。真相を辿っていくと「川辺家という家族自体は存在するが、川辺市子という戸籍自体が存在しない」ということが分かってくるのですが、じゃあ恋人の長谷川くん的には「じゃあ俺は誰と会ってたんや」ということになるワケですね。

混迷する市子の素性

それで、長谷川がさらに調べてみたらそもそも幼少期の名前すら違う、と。

ますます、どういうこっちゃ、という話になってしまうのですが、市子も市子でやむにやまれぬ事情でこんなややこしいことになっているワケです。実は市子は家庭の事情で戸籍を取得しないまま育っており、幼少期は妹の月子として過ごしていたのです。妹の月子は難病の筋ジストロフィー*1を患っており、自分が存在する証明でもある「市子」という名前すら隠して生活をしていたのです。

市子が率直な感情を抱けたのはおそらく冒頭だけ

こんな感じでかなり悲惨さが極まるストーリーで、冒頭のプロポーズシーン以外は全く目に光すら感じられない難しい役柄を演じています。

複雑な家庭環境故に他者への共感能力も著しく低いように見える市子は、長谷川とのプロポーズシーンでようやく人間として生きていく感動を味わうワケですが、全編観終わってからその冒頭の意味を考えてみるとその「感動」すら市子にとっては既に遅かったと。

いやあ悲しい話ですね。

ラストで市子は救われたのか否か

市子がこれまでを死ぬ物狂いで生きていたことがストーリーが進むごとに明らかにされていくのですが、息が詰まるような生活には共感せざると得ませんでした。ラストも正直、市子が救われたとは到底言い難い後味の悪い結末になっており、そんな結末に終着させたのはビターな展開でとても良かったです。

偶然観た予告編が面白そうだったので鑑賞したのですが、想像以上に面白い映画でした。小規模な製作体制だったのが何となく想像できる映画ではありましたが、展開の面白さや設定の残酷さは特筆だと思います。何より杉咲花の演技がとても見事でした。

*1:筋ジストロフィーといえばホーキング博士などが罹患していたことでも有名ですね。