おすぎむら昆の「あんなま」

直近で鑑賞した映画をひたすらレビューしていきます。

『首 (2023)』【90/100点: 「結局黒澤さんなんだよなァ…」】

日本人ならば必ず学校で習う、織田信長が家臣の明智光秀に謀反を起こされて一夜にして天下を失った“本能寺の変”を題材にした歴史超大作。

近年の北野映画の作風から“戦国版アウトレイジ”を期待してしまいますが、全体的にはどちらかというと北野武版『乱』と言った趣で、劇中何度か登場する合戦の場面は「見てみたら、結局黒澤さんなんだよなァ…*1と思うような大迫力の戦、高貴な武家人の裏切りと策略のドラマはまさに『乱』のようでした。

【ネタバレ若干あり】

お話

天下統一を目指す織田信長は、毛利軍、武田軍、上杉軍、京都の寺社勢力と激しい攻防を繰り広げていた。そんな中、信長の家臣・荒木村重が謀反を起こして姿を消す。信長は明智光秀羽柴秀吉ら家臣たちを集め、自身の跡目相続を餌に村重の捜索命令を下す。

秀吉は弟・秀長や軍師・黒田官兵衛らとともに策を練り、元忍の芸人・曽呂利新左衛門に村重を探すよう指示。実は秀吉はこの騒動に乗じて信長と光秀を陥れ、自ら天下を獲ろうと狙っていた。(映画.comより)

アンチ大河ドラマ

大島渚の映画っぽい生々しい衆道の描写、底抜けにすっとぼけている羽柴一族側のキャラ設定、そして幾度となく繰り返される容赦ない暴力描写など、「日本の中世なんて所詮こんなモンだろ」と言わんばかりの北野武監督の冷笑的な目線でまとめた映画になっていて見応えがありました。

北野武の集大成」と言われたら確かにそんな感じもする、重厚ながらもあらゆる面でのエンタメ度が高い傑作です。

男色の契り

本作で登場する加瀬亮演じる織田信長はまさに悪魔のような人物で、懇意にしている家臣を殴る蹴るして楽しんでるようなマジキチなのですが、おまけに男色の気から来る愛情が暴力の裏返しになっているような人。

そんな信長に殴る蹴るされていたのが、冒頭から信長一派に“首”を狙われる謀反人の荒木村重と、後に本能寺の変を起こす明智光秀。実は光秀と村重は男色の仲だったワケで、敵味方のポジションになってもお互いに裸の契りは消えてませんでした。要は信長と光秀と村重、関係図的には武家人というよりBLの三角関係ということです。

天下の後釜を狙う秀吉

そんな複雑な関係の仲に現れるのが百姓出身の羽柴秀吉で、秀吉自身も大名の信長に一目置かれているものの、懇意まではいっていないようで、秀吉自身もちゃっかり信長亡き跡の天下を狙う人物。

のっけから側近の黒田官兵衛とちょっと…というか結構アホの子である弟の秀長と、乱世の天下を取る策を練っているのですが、そんな中で秀吉の目の前で信長からくそみそにボコボコにされた明智光秀に目をつけて、スケープゴートとして利用しようと目論みます。

武家人はロクな人が居ない

謎が多い“本能寺の変”のキッカケとされる秀吉黒幕説が本作の題材になっているのですが、天下を取る為なら手段を厭わない悪漢だらけで、本作に登場する武家人は本当にロクな人が居ません。絶望感を感じるくらい命が軽い世の中なので、ここら辺は北野映画でお馴染みとも言える無常感をヒシヒシと感じました。

面白かったのが武家人の特異な精神性と対比するようにキャラ設定されたであろう、元甲賀忍者曽呂利新左衛門や百姓の茂助から見た「ほぼ一般人から見た武家人の異常さ」。特に曽呂利に関しては秀吉の右腕として、中盤以降はボンド映画宛らのスパイとして活躍するも、その中で汚れまくった中世日本に嫌気がさしてしまう、なんてキャラになっています。

ちなみに、原作とキャラのポジション・設定が全然異なるのがまさにこの曽呂利で、ワタクシ的に映画の中でキム兄が演じて、若干『アウトレイジ ビヨンド』の繁田刑事風にアレンジされた曽呂利の方が好きかもしれません。初めてキム兄を俳優としてカッコよく見えましたね。

ギャグトリオ、羽柴一派

また本作ですが、重厚な雰囲気はそのままで合間合間のコメディシーンが結構多いのですが、これがそれぞれだいぶ北野武…というより芸人ビートたけしの一面が色濃く出た不謹慎なネタが多くて面白かったです。

特に秀吉と側近2人が出る場面なんてほとんどギャグみたいな場面ばかりで、大金はたいて超くだらない場面を大真面目にやってるオジサンたちの様子には声が出るくらい笑えました。

エンタメ感マシマシの歴史大作

アウトレイジ』シリーズのハードボイルドな作風から、『座頭市』のようなエンタメ度が高い北野作品をより濃度をマシマシにしたような映画になっており、加えて言えば北野武の監督としての精神的な師であるに違いない黒澤明大島渚へのリスペクトまで感じる為、個人的にはとても面白かったです。

これまで北野作品の構想として「戦争映画を撮りたい」と何度か言っているのを色んな媒体で見た記憶があるので、この『首』みたいなノリで観てみたいですね、北野武の“戦争映画”を。

*1:松村邦洋のモノマネ