おすぎむら昆の「あんなま」

直近で鑑賞した映画をひたすらレビューしていきます。

『関心領域 (2023)』【90/100点: 誰しも他人事には無関心】

アウシュヴィッツ強制収容所の真横に実際に住んでいたという、ナチスのSS高官で収容所所長のルドルフ・ヘス一家の姿を描いた実録ドラマ。一応、戦争映画ではあるものの、基本的にはヘス一家の一軒家以外は描写がされず、ほのぼのとした家族の姿が延々と描写されます。*1

ただ、時々聞こえてくる収容所からの叫び声や暴行の音、無視出来ないくらい音がデカい焼却炉の可動音など、“音”のみでこれでもかと残虐な描写がされている異色作でした。監督はジャミロクワイの代表曲『ヴァーチャル・インサニティ』の名PVで知られるジョナサン・グレイザー

お話

第2次世界大戦下のポーランドオシフィエンチム郊外。アウシュヴィッツ強制収容所を囲む40平方キロメートルは、ナチス親衛隊から関心領域と呼ばれた。収容所と壁を1枚隔てた屋敷に住む所長とその家族の暮らしは、美しい庭と食に恵まれた平和そのもので……(映画ナタリーより)

残酷な「音声」

映像では全く残酷な場面は描写されないので、正視に耐えないみたいな場面はありません。とはいえ、何となく察しがつくくらい何やってるかが音声で分かるので、観ている内に気分がドンドン悪くなる、あの不快な感じは凄かったです。

時々インサートされる焼却炉の煙もやたら気持ち悪かったです。ただの煙なのに、音のせいで何か分かってしまうから。

普通の家族と思いきや…

前述の通り、ヘス一家は、一見は普通に過ごしてるだけの幸せな家族で、第二次世界大戦下にありながら戦争とは若干距離を置いて生きることが出来てるドイツ国の上級国民だったりします。ただ、話が進むにつれて断片的に分かってくるのですが、着ている服や遊び道具だったりは、実はユダヤ人から強奪した物と分かり、何故かハウスキーパー的にヘス一家の家に居るユダヤ人の女の子にも超当たりが強い等、総じて思い切りナチ思想のドイツ人なことが分かります。

一家がどこまでアウシュヴィッツの惨状を理解していたかは描写されないので分からないですが、少なくともヘス夫人は、前述のユダヤ人のハウスキーパーに「今度舐めたことしたら、夫に頼んで灰にして庭に撒くからね」と最悪な啖呵を切ってブチ切れる場面があるので、夫の仕事や隣で何が起こっているかは理解している様子。それらの事実は全部曖昧に描写されているのですが、明らかに聞こえる音に殊更気にもしないという、“無関心”の恐ろしさは凡弱なホラー映画よりも怖いと思いました。何か人怖ホラーに近いというか。

狂ってる倫理観

カメラアングルもほとんどが固定カメラのようなロングショットで撮られており、その無機質さがより怖さを倍増させます。戦場で人がおかしくなる戦争映画は数多ありますが、本作は兵士じゃない側の一般人がおかしくなっている映画の為、より身近に感じるからこそ背筋が凍るような描写ばかり。個人的に久々に観た恐ろしい映画だと思います。

本作の主人公であるヘス夫婦も、のっけはマトモに見えて2人揃って倫理観が欠落していることが分かってくるので、これがまた本作の怖さに拍車をかけていました。特に『落下の解剖学』に続き本作にも出演しているザンドラ・ヒュラーの、普通のママかと思いきや、徐々に強靭な反ユダヤのドイツ人なのが徐々に分かってくる様子はさすがの演技力だと思いました。

この映画は、ホラーに近い

淡々とした映画にも関わらず、とにかく残酷に感じた映画で、「こういう恐怖演出もあるのか」という新しさを感じるとともに、ものすごく跡に残るような怖さを感じた映画でした。「この一家と同じこと、アナタもしてません?」と問うてくるようなラスト辺りの描写も怖かったです。高評価も頷ける傑作だと思います。

*1:なので「戦争映画」というか「戦時中映画」と言った方が近いかもしれません