おすぎむら昆の「あんなま」

直近で鑑賞した映画をひたすらレビューしていきます。

『血と骨 (2003)』【65/100点: 不道徳をすべて実行するビートたけし】

先日亡くなった崔洋一監督による、ビートたけし演じる在日朝鮮人の金俊平を中心とした大阪の朝鮮人長屋が舞台のバイオレンスドラマ。

在日二世である梁石日(ヤン・ソギル)の同名小説を映像化しており、映画の冒頭で“済州島からの朝鮮移民”というワードが出てくることもあり、この集落が日本併合時代に朝鮮からの出稼ぎ労働者が多数出入り、及び定住をしていた猪飼野が舞台と思われます。

【ネタバレなし】

お話

1920年代。成功を夢見て済州島から大阪へやって来た金俊平は、幼い娘を抱えながら飲み屋を営む李英姫と強引に結婚し、花子と正雄という2人の子どもをもうける。やがて蒲鉾工場を開業した俊平は持ち前の腕っ節の強さと上昇志向でのし上がっていくが、その並はずれた凶暴性で周囲から恐れられ、家族でさえも彼の暴力に怯える日々を送っていた。そんなある日、俊平の息子を名乗る青年・武が現れる。

「俳優」として一番良いビートたけし

このお話自体が猪飼野出身の梁石日の実体験を基にしているとのことで、本作でたけしが演じている金俊平のキャラクター自体も梁の父親がモデルなんだそう。梁石日の実際の父親は180㎝を超える大柄で筋肉隆々、加えて極めて暴力的な人間であったようです。となると、演じている世界のキタノだと身長と体格が足らないような気もするんですが、演技の迫力で異常な説得力があります。おそらく“俳優”ビートたけしとしてなら、本作がおそらくベストアクトでしょうね。

怒涛のジャイアニズム展開

んで、この「金俊平」というキャラクターは自己中心的な人間で、身内である家族と知人は暴力で、出会った女性は自らの性欲で支配するような、シンプルに頭のオカシイ男。本編中では終始、そんな感じのパワハラモラハラ・セクハラ三昧な調子なので、大変ゲンナリするジャイアニズムっぷりです。

そんな自由奔放な主義が祟ってか、当の俊平は本編の後半では脳出血で倒れて手足が不自由に。後半からギアチェンをするかの如く、老いによって腕力と脚力が衰えた俊平は身内に拒絶され、愛人にはボコボコにされ、それでも威勢は張るものの急速に孤立化していきます。

さすがにちょっと、あまりにも主人公・金俊平に共感の余地が無さすぎるのに加え、内容は終始陰惨、新井浩文鈴木京香田畑智子がずっと暗い顔でエンタメ感も皆無なんですが、後半の俊平の因果応報っぷりはそれなりに見応えがありました。

原作の大事な部分をガッツリ割愛している

ただ、原作を読んでみると市井の朝鮮移民が怪物となるまで、というような青年時代を描いた1章があり、小説上だと前半の人格の成り立ち故の後半の転落*1という、所謂ピカレスクロマンの体になっています。この割と重要な、まんま人格形成場面となる青年期がガッツリ削られているので、「道理で映画の中の全然主人公の心情が伝わってこないんだな」と思った次第。原作が長大過ぎる故に展開が異様に駆け足という、原作あり映画によくある残念感を感じます。

とはいえ、やはりビートたけしを筆頭に俳優陣の演技は見事で、揃いも揃って体当たり演技という部分もあって、映像の雰囲気作りも良く出来ていた印象でした。そういう長所のような部分は節々に感じられただけに、実に惜しい一作だと思います。

*1:ちなみに、映画の金俊平は晩年は言葉と身体が不自由になるのみですが、小説上だと前述に加えて糞尿垂れ流しの老人になってしまいます。