おすぎむら昆の「あんなま」

直近で鑑賞した映画をひたすらレビューしていきます。

『ロストケア (2023)』【85/100点: 司法では解決出来ない介護問題】

松山ケンイチ長澤まさみダブル主演によるミステリードラマ。YouTubeで流れてきた予告編序盤の妙に猟奇チックな雰囲気に感化されて、前知識ほぼゼロで観に行ったこともあり、鑑賞するまで『真実の行方』みたいなサイコサスペンス映画と勘違いしてたんですが、ものすごく考えさせられる社会派な内容でした。

【ネタバレ若干あり】

お話

ある早朝、民家で老人と訪問介護センター所長の死体が発見された。死んだ所長が勤める介護センターの介護士・斯波宗典が犯人として浮上するが、彼は介護家族からも慕われる心優しい青年だった。検事の大友秀美は、斯波が働く介護センターで老人の死亡率が異様に高いことを突き止める。取調室で斯波は多くの老人の命を奪ったことを認めるが、自分がした行為は「殺人」ではなく「救い」であると主張。大友は事件の真相に迫る中で、心を激しく揺さぶられる。(映画.comより)

一番犯人じゃなさそうな人が犯人、というお話

長野県のとあるデイケア会社所長の不審死を発端として、この会社のデイケアを受けている認知症患者の連続不審死が発覚。状況証拠から松ケン演じるデイケアの社員・斯波(しば)が犯人として挙げられるのですが、長澤まさみ演じる検事の大友の取調べを数回受けてあっさり殺人を認めてしまいます。しかし、「これは“殺人”ではなく“救い”」と語り、連続殺人が明確な殺意が原因ではないことから、その斯波の取調べをキッカケとして認知症介護の問題が炙り出される、というような内容です。

松ケン演じる斯波の境遇はかなり複雑

松ケン演じる斯波は、序盤はサイコパス感も漂う血の気の無さなのですが、中盤辺りから自分なりの大義を持って認知症患者を“処置”しているということが分かります。実は、斯波は過去に認知症を患った父(柄本明)との家庭内介護生活で地獄のような日々を過ごしており、介護の影響で仕事も出来ないのでドンドン貧乏になってるのに、役所からも冷たく生活保護申請を拒否され、その後父を殺してしまっているのですね。

しかも遺恨による殺意ではなく、父がふと呟いた「自分が自分じゃなくなるのがツラい。殺してくれ」という言葉を言われたからで、その後の連続殺人で斯波が言う認知症患者への”救い”とは、要は「普通に生きていくことが困難な認知症患者本人」と「ほぼ丸一日認知症患者の動向を見守らなければいけない介護者」に対する2つの救いなのです。つまりコレが“ロストケア”というワケ。

自分と照らし合せてしまう女性検事

一方で長澤まさみ演じる大友は、検事として連続殺人犯の斯波と対峙することになるのですが、そんな大友も実は要介護の母がおり、その母親も軽度認知症を発症しています。ただ斯波とは大きく違う点が、大友は国家公務員でも高給な方の検事でお財布事情的には余裕があるので、母親が要介護者となった時点でグループホームに入居させることが出来ているのです。

大友的にもこの入居自体は「入居してる本人は幸せそうだけど、本当は自分が面倒を見てあげたい」という、娘としての複雑な気持ちがあるんですね。そんな折に斯波との接見で「安全地帯で過ごしてこちら(認知症介護の現実)を見ようとしないアナタに、こちら側の気持ちなんて分かるはずがない」と図星を言われて、激昂はしつつも斯波の言っていることもド正論だったので半泣きになってしまいます。

主演2人の演技合戦がすごい

松ケンと長澤まさみ共に相当にレベルの高い役柄を演じきっており、演技の面でもかなり見応えを感じましたが、内容も負けていないと思います。

例えば、仮に親が認知症になった場合、僅かな状況の違い次第で我々も斯波にも大友にもなり得る*1という点は、なかなか考えさせられました。

他人事ではない介護問題

ワタクシもお祖母ちゃんが数年の認知症の後にグループホームで亡くなったことがあり、孫のワタクシに面と向かって「どなた?」と言った時の顔と声は、個人的にとてもショッキングな光景だったので忘れられないのですが、実際問題として誰もが他人事ではないのが介護であり、認知症なんですね。

まあ、親含めて親族がそうならないことが一番良いに越したことはないんですが、その社会的な問題を真正面から取り扱っただけでも、本作は価値がある一作なんじゃないかと思います。

胸がエグられるような強烈な映画でした。

*1:中盤くらいで、斯波が過去に親の介護の影響で介護離職をしたと言われているので、斯波も実は介護前は普通のサラリーマンだった、という様子が間接的に触れられてます。