おすぎむら昆の「あんなま」

直近で鑑賞した映画をひたすらレビューしていきます。

『トレインスポッティング (1996)』【90/100点: 不良だって普通に生きたい】

イギリス映画として見ると、『ハリー・ポッター』や『007』シリーズに次いで有名な映画だと思われるイギリス映画の傑作です。スピーディーな編集と天井から床までを行ったり来たりするカメラポジションを基にした斬新なカメラワークによる大袈裟な演出っぷりは、ダニー・ボイル監督の真骨頂とも言えます。

【ネタバレ若干あり】

お話

スコットランドエディンバラで暮らすヘロイン中毒のレントンは、同じくヘロイン中毒のシック・ボーイやスパッド、アルコール中毒で暴力的なベグビーらとつるんで無軌道な毎日を送っていた。そんなある日、レントンは万引きで逮捕されたことをきっかけに更生を決意し、ロンドンへ出て就職する。(映画.comより)

どん底からの脱却

主人公のマーク・レントン(ユアン・マクレガー)は薬物中毒の不良であるものの、将来を真っ当に生きたいという純粋な希望を持った若者で、有名なオープニングでのナレーションを筆頭にその一途な「思い」がずっと連呼されます。

しかしながら、一般的に見ればただの不良で薬中、意思も弱いわアタマも悪いわという状況のレントンの「思い」はそう簡単に叶うはずもありません。更に、つるんでいる悪友たちもオツムの程度はほぼ一緒で長年の腐れ縁。自身の更生の為には悪友たちとの関係を断ち切るのが最善と分かっているものの、性根は優しい人間であるレントンは、そう易々と友人関係を切る度胸もありません。そんなレントンが、この状況を抜け出してレントンの言う“普通の生活”を目指す、というのが本作のストーリーです。

若者特有の病理を描いた映画

ストーリーだけを振り返ってみたら、市井の希望を持った若者であるレントンとはいえ、ただただ根性ナシのレントンの姿を追った話ではあるんですが、我々も普通の生活の中で大なり小なり友人関係に悩むタイミングはあるワケで、よくよく考えれば結構現実的なテーマになっております。

このような20代中盤からの何とも言えないモヤモヤ感を学術的な文言だと“クォーターライフ・クライシス”と呼ぶらしく、本作はその“クォーターライフ・クライシス”を明確に映像化した映画とワタクシは見ております。

toyokeizai.net

イギリス階級社会の問題

そもそも、何でレントンがこんなにギリ健な生活で過ごしてるのかというと、イギリス特有の階級社会の影響が大きい、なんて側面もあり、カースト的に最下層である労働者階級の家庭で育ったレントンがデカい希望を持ったとて夢を叶える為には並大抵ではない努力が必要、というバックグラウンドが本作にはあります。実は本作は、公開当時のイギリス国内の世相を反映した映画でもあるんですね。

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ちなみに超ウンチクですが、登場人物の一人”シック・ボーイ”ことサイモンが007マニアでショーン・コネリーのファンという設定になっていますが、ショーン・コネリーエディンバラ出身、労働者階級の家庭で育っています。『トレインスポッティング』公開時はまだしも、ショーン・コネリーの若い頃は労働者階級の人間が第一線の準公人になることは異例であった為、過去には「労働者階級の星」的にリスペクトをされていたそうです。つまり本作では、ショーン・コネリーの名前は、意図的に出しているものと思われます。

単純な映画に見えて実は奥が深い一作になっており、ほぼ無理ゲーな状況の中で悪戦苦闘するレントンの姿には、何度観ても割りかし胸がアツくなります。レントンの周辺の悪友たちも、不良ではあるものの「極悪」ってワケでもないので、ここら辺もなかなか愛着が湧くポイントなんじゃないかなと思います。

音楽がやっぱり良い!

本作を語るに当たってサントラの素晴らしさは外せないですね。本作は所謂“ブリットポップ・ムーブメント”の真っ只中で製作されたこともあり、イギリスのカッコいい楽曲が集まったかのような音楽の数々は本作の疾走感に色々を添えてる印象もあります。

余談ですが、ブリットポップの代表格であるオアシスは本作の楽曲提供を拒否した逸話が。権利元のノエル・ギャラガー曰く「鉄オタ(Trainspotting)についてのダサい映画だと思ったから」。

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今観ても作品の奥深さに虜になってしまう映画で、本作がキッカケで『スターウォーズ』のオビワン役に抜擢されたユアンや、ロンドン五輪開会式演出を手掛けたダニー・ボイル監督を筆頭に、キャスト・スタッフ共々大出世したという事実も、本作の出来の良さを伺える一面でしょう。