おすぎむら昆の映画レビュー「あんなま」

鑑賞した映画に対して個人的な感想を書いていきます。

『でっちあげ 〜殺人教師と呼ばれた男 (2025)』【95/100点: 「事実」は誰に訴えれば良いのか】

2003年に話題になった福岡の「殺人教師」事件を映画化した法廷映画。実際にワタクシが中学の頃に話題になった事件で、例えば土日のニュースなどは連日この事件を報道していたのは何となく覚えています。その事件の内容は「教師が体罰を繰り返し生徒をPTSDに陥らせ、挙句の果てに自殺まで強要した」というもの。

結果としてこの事件は日本初の「教師による生徒虐め」が日本で初めて認定された事件になったとか。しかし、この事件に対して「この事件は全くの事実無根、“でっちあげ”だ」と声を上げたのが、その“殺人教師”の薮下教諭(綾野剛)その人。

身勝手で身の覚えのない訴えにより普通の生活を壊され、教師としても人間としても最悪の状態に持ち込まれるも、それでも自分の揺るぎない潔白のみを信じて裁判で戦おうとする“殺人教師”の姿を描く実話を基にしたドラマ。

ドンドン人が追い込まれる為展開としては胸糞悪く、後味もそんなに良くない映画ですが、今年一番面白かったですし、そして結構考えさせられます。ワタクシにとっては大傑作『オーディション』の監督である三池崇史がこのタイミングで最高傑作を作るとは、という驚きもあり、久々の最高点95点を献上します。

≪ネタバレなし≫

お話

2003年。小学校教諭の薮下誠一は、児童・氷室拓翔への体罰を保護者の氷室律子から告発される。しかもその内容は、教師によるいじめとも言えるほど、聞くに堪えないものだった。それを嗅ぎつけた週刊春報の記者・鳴海三千彦は実名報道に踏み切り、過激な言葉で飾られた記事は世間を震撼させる。

マスコミの標的となった薮下は、誹謗中傷や裏切り、さらには停職と、絶望の底へ突き落とされていく。世間でも律子を擁護する声は多く、550人もの大弁護団が結成され前代未聞の民事訴訟に発展。誰もが律子側の勝利を確信するなか、法廷に立った薮下は「すべて事実無根のでっちあげ」だと完全否認する。(映画.comより)

事実は小説よりナントカ

理不尽なことがあって最悪な状況になってしまう、というホラーやサスペンスの展開は数あれど、本作に関しては実際の事件が基になっており、世間から大バッシングを浴びたその人(教師)に対する印象すべてが“でっちあげ”だった、という衝撃の内容。

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感想(13件)

「事実は小説よりも奇なり」を地でいく内容なんですが、多作で作品の出来が極端に変わるも、ホラーやサスペンス、とりわけバイオレンス映画では基本的に一定のクオリティの作品を作ってくれる三池崇史が監督したおかげか、「虐め」のシーンもかなり容赦がなく、「本当の話」が見えてきつつも追い詰められていく薮下教諭の姿など、ここら辺も抜かりなく三池監督らしい「バイオレンス」が見え隠れしています。本作はまさに血が少ししか流れない、言うなれば精神的な部分を抉るような「暴力映画」になっているというワケです。

追い込まれる「綾野剛

身に覚えのない事件の結果、世間からも身近な人からも追い込まれる役を綾野剛が演じているのですが、思い返せば綾野剛自身も「ガーシー砲」による事実無根の告発によりイメージダウンに陥った側なので、その哀れな姿は生々しい以外の何者でもなく、中盤に大雨の中で「誰に事実を訴えれば良いんですか!?」と泣き叫ぶ姿は綾野剛の当時の心境そのものだったんじゃないかとも思ってしまいます。

「同調バイアス」という言葉もある通り、マスコミによりセンセーショナルに書かれた内容を事実を盾に覆すことが容易ではないことが、昨今の芸能人スキャンダルでも良く分かりますが、そんな悪魔の証明に対して立ち向かう羽目になった小市民の教師の姿は可哀想な部分も十分に感じつつも、諦めないことへの勇敢さも感じました。

演者熱演映画

俳優陣が揃いも揃って大熱演で、その点でもかなり見応えがあり、追い込まれる薮下教諭を演じる綾野剛モンスターペアレントを演じる柴咲コウと、この2人の説得力のある演技のおかげで強烈に悲惨な事件に引き込まれます。

薮下が家族以外唯一、信頼できる人物となる小林薫演じる弁護士だったり、堕ちていく姿を目の当たりにしつつも懸命に支える妻を演じる木村文乃、そして結果として一番の「悪」である亀梨くんの役柄など、どれも適材適所で外れ無し。この点も完璧でした。

他人事ではない話

この一件が起こった時(2003年)と比べるとSNS文化が遥かに発達してしまったこともあり、都内の片隅でのんびり生きるワタクシとて他人事ではない内容ではあるんですが、そんな現代病理的な部分を警鐘してくれるような内容でした。恐ろしく悲惨で救いのないお話ながら、先の読めない展開にも引き込まれます。三池監督で「実話」というと、『新・仁義の墓場』という傑作もありましたが、その頃よりも洗練された精神的な「バイオレンス」は円熟の域に入ったんじゃないか、と思ってしまう強烈な刺激がある、オススメの一作です